多額の債務(借金)を抱えたまま亡くなってしまった場合、プラスの財産からこの債務(借金)をマイナスの財産を差し引いた額が相続財産になります。プラスの財産以上にマイナス財産が多ければ、相続人が残った債務(借金)を返済しなければならない義務を負うことになります。
その返済義務を避けたいとき、または多額の債務(借金)がどれくらいあるかわからないとき、「相続放棄」を選択する方法があります。故人が亡くなった(相続の開始)ことを知った日から3か月以内(熟慮期間)に家庭裁判所に申し出る(申述する)必要があります。
似たような制度に「限定承認」があり、これはプラスの財産の範囲内でマイナスの財産を承継することで、やはり故人が亡くなった(相続の開始)ことを知った日から3か月以内(熟慮期間)に家庭裁判所に申し出る(申述する)必要があります。
大きな違いは、「限定承認」は相続人全員で申し出る必要があることに対し、「相続放棄」は単独でできることです。 3か月の熟慮期間中に「相続放棄」または「限定承認」を選択しなかった場合は、「単純相続」と言ってプラスの財産もマイナ財産もすべて相続人全員で相続することが決定してしまいます。
仲が悪い家族で、多額の借金を抱えていたであろう父が亡くなり、配偶者がなく、子供3人(兄弟姉妹)が残った場合、相続人(法定相続人)は3人となりますが、子供の内1人が「相続放棄」をしてしまうと、残りの子供の2人に借金が残ってしまうことになってしまいます。 よく話し合って、3人全員で「限定承認」を選択する方が良いケースです。
一方、「相続放棄」か「限定承認」をした場合でも、相続税の基礎控除(3,000万円+600万円x法定相続人数)や、生命保険金・死亡退職金の非課税額(500万円x法定相続人数)の計算に使用する「法定相続人数」には影響はありません。
また、注意が必要なケースがあります。上記の仲の悪い3人兄弟姉妹のケースで「相続放棄」または「限定承認」を行わず、遺産分割協議の結果、長兄1人がほとんどの財産を相続し、遺産分割完了後に多額の借金が見つかった場合、この借金は3人が共有して背負うことになります。 ほとんどの財産を相続した長兄だけではありません。遺産分割のやり直しということになりますが、既に3か月が過ぎていれば「相続放棄」や「限定承認」は選択できません。
故人が亡くなってすぐに借金の有無を調査することが必要です。故人が残した遺品の中に金融機関から催促状などがないか地道に探すしかありません。 もし、いくら調査しても見つからず、3か月の熟慮期間内に「相続放棄」、「限定承認」は選択できない場合、家庭裁判所に申し立て熟慮期間の延長をしてもらう方法もあります。
相続手続きの基本はこちらです。
追記
相続放棄に関するご相談を何件か受けた中で下記のような例がありました。
【例1】相続人は仲の良い兄弟姉妹3人のみで、相続財産は不動産で相続税の基礎控除額(この場合4800万円)以下が明らか。事情があって、3人の内AさんとBさんが当該不動産を共有する意向で、残り1人のCさんは煩雑な相続手続や不動産の共有を避けたいので「相続放棄」を家庭裁判所に申述したとのこと。
このケースの場合、わざわざ相続放棄の手続を行わなくとも、兄弟姉妹3人で遺産分割協議を行い、遺産分割協議書に「AとBが不動産を2分の1ずつ相続する」「Cは何も相続しない」とした方が相続手続は簡単であったと思います。兄弟姉妹3人だと、自動的に3人の共有になってしまうと勘違いされていたようです。
【例2】相続人が配偶者Aと、前婚の子(B、C)の三人でしたが、相続財産総額は多くなく(非課税)、かつ負債額はその財産総額以下であったにも係わらず、負債額を知らないBとCが早々と相続放棄をしてしまいました。 この場合、第1順位の子は最初からいなかったとになり、第2順位である被相続人の父母、その父母が亡くなっていた場合は第3順位の兄弟姉妹が相続人になります。第3順位の場合は、被相続人の父母の生まれてから死亡までの戸籍を集め兄弟姉妹を特定しなければならず、また兄弟姉妹の中に既に死亡した人がいた場合はその人の生まれてから死亡までの戸籍を集め代襲相続人を確認することになり、戸籍収集がどんどん増えていきます。 この場合も、早期に相続財産を確認し、A,B,Cの三人で遺産分割協議を行い、Aだけが相続する内容にすれば良かったのではないかと思います。
何らかの理由で相続人が「相続放棄」をしたいと考えたとしても、家庭裁判所での「相続放棄」の手続をするのか、遺産分割協議上で「何も相続しない」とするかは、よく考えてから選択した方が良いでしょう。